小谷漬

伝統の味を作る!特産品「小谷漬」ができるまで

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今回は小谷村で40年以上前から食され、今でも受け継がれる伝統特産品を紹介と共にそのルーツを考察します。

小谷村JA大北山菜加工場で今でも製造されている特産品「小谷漬」

S50年の販売開始以来、今でも村内は元より、地元のスーパーで家庭用として流通しているほか、お土産品としても人気が高い製品である。

 

ここで少し、山菜加工場について紹介

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<S47年設立頃>

その昔、南小谷・北小谷・中土の3つの地区にそれぞれ山菜の集荷・加工のための施設が整備され、農家の副収入源としての役割を果たしてきました。
それを統合する形でS47年、現在の山菜加工場(運営:JA大北)が設立
JA大北山菜加工場はその役割を引き継ぎつつ、村内で自生する山菜や野菜を集荷し、村外へ流通させること。
そして、特産品として開発を行い、村をPRしていくこと。
それがミッションでした。

設立当時はまだ、今ほど物流スピードが早い訳でもなく、直売所などもほとんどない時代。
その時代背景の中で、どのように地域の資源を流通させるか。
その一つの工夫が、一度加工保存のため手を加えることでした
当時の製造記録を見ると、傷みが早い山菜を水煮として加工を施したり、缶づめ等にして保存性を高め、村外に出していた工夫が見て取れます。

物流や保存技術が良くなった現代でも、山菜加工場はその使命を守り続け、山菜や野菜の集荷を行い、特産品として加工をし、村外へ届けています。

 

生まれた特産品

そんな山菜加工場で生まれた特産品が「小谷漬」です。

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小谷漬はきゅうり・だいこん・にんじん・なす・みょうが・しその実が刻まれて醤油を主とした秘伝のタレで味付けがされます。
この「小谷漬」は山菜加工場に残されていた記録によると、S47年設立時から研究を重ね、S50年に製品化されました。
以来、今でも山菜加工場では収穫時期になると、様々な野菜や山菜が加工場に持ち込まれ、それを加工場のかあちゃん達が一斉に塩漬けにします。
そして、漬け上がりを待ち、野菜から塩抜きし、手作業で選別・加工を行い、味付けを施します。

 

40年以上前から変わらず受け継がれている小谷村の元祖特産品。
それが「小谷漬」です。

 

小谷漬のルーツ

では、どのようにして特産品「小谷漬」が生まれたのかに焦点を絞りたいが、実は現在の山菜加工場には、当時の資料がほとんど残ってない
その理由は定かではないが、加工場のとうちゃん・かあちゃん達の言葉とメモ、そして長年の経験から現在でも当時と変わらない製法で「小谷漬」が作られ続けているのは事実である。

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<塩漬けした大根を手作業で選別・裁断>

製品化から40年以上。
高齢化が進む村で、このままでは本当にルーツがわからなくなるかもしれない
そこで、その受け継がれた製法や残された少ない資料から、考察し深読みする形で「小谷漬」を少し紐解くことにする。

 

材料からみる「小谷漬」

小谷漬の材料は全て古漬けである。
古漬けとは、小谷の家庭で野菜の収穫時期に保存のために大量に塩漬けをするが、長期間保存しておくと、浸かり過ぎになり塩辛くなる。
それを古漬けという。

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<塩蔵されるウド>

「小谷漬」の材料は全て、山菜加工場内にある塩蔵室にて、一度塩漬け保管される。
一般的な塩蔵品は材料の質量に対し20%前後で塩漬けされることが多い。
しかし、小谷村の山菜加工場では、30%の高濃度で塩漬けがされる。
これは、「小谷漬」を通年で製造するために、塩分濃度を高くし保存性を高めているとも考えられるが、家庭で漬ける塩漬けの古漬けを再現しているのではないかとも考えられる。
古漬けは、小谷村に限らず味付けを変え食することが多い。
その古漬けの代表的な加工方法が福神漬けである。
福神漬けは塩抜きした多種の野菜を細かく刻み、醤油・酢・酒・砂糖等で味付けをする。
現在の「小谷漬」も福神漬けと類似する味付けで作られており、製法から考えてもほぼ福神漬けに近い物に仕上がっている。
福神漬は、どの古い漬物関連の文献を見ても記載されており、おそらく多くの家庭で、古漬けは福神漬けに姿を変え食されていたと考えられる。

 

名前の由来

では、なぜこれを「小谷漬」と命名したか。

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<小谷漬160g・小谷漬300g>

S51年初版の「つけものの味・ふるさとの味」を見てみると、「小谷づけ(胡椒づけ)」と紹介されている。

「こしょう漬け」

このレシピを見てみると完全に「こしょう漬」の作り方である。
確かにこの「こしょう漬」は小谷村の独特の食文化であり、今も残る伝統的な漬物。
もし、「小谷づけ」=「こしょう漬」
であるならば。なぜ特産品「小谷漬」はいわゆる「こしょう漬け」ではないのか。

 

小谷漬の根元

実は、「小谷漬」はS63年に商標登録されている。

商標登録された理由として、「小谷漬」が製品化されることで類似品が市場に出回り、特産品としての立場が曖昧になりつつあったためであった。

 

その申請書類の中に、「小谷漬の根元!!」と書かれた文章が残っていた。

 

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<昭和56年頃>


小谷漬の根元!!

昔から小谷では秋の味覚として、カラ漬の元漬を始めた。
各家庭で初めから作る人。其の漬汁を分けていただき、自分なりの味付けにしたものです。
漬込み原料は、大根きゅうりチソの実、ミョウガ、ナス、青いコショウ、小谷に自生する雑草で地元ではエドビヨウと言っているが、色と各野菜の風味がミックスして田舎風に漬け上がります。
山菜加工場では、47年秋から発足したが全員が加工には無知であり、古くからのカラ漬け原料を土台に研究し、小谷漬と命名した。当初は白正油で味付けしたが、風味が少ないので、普通の正油に調味料を加え研究する事3年間一個の製品に仕上がってきた。以後年々普及し現在では製品36t販売する。

※商標登録資料より引用


 

この「小谷漬の根元!!」を読み解くと小谷漬の誕生背景が見えてきた。
まず注目したいのが、

「昔から小谷では秋の味覚として、カラ漬の元漬を始めた。」

という部分である。
カラ漬とカタカタで記載されてあるが、おそらく漢字に直すと「辛漬」であると考えられる。
「辛漬」を辞書で引くと、漬物を塩辛くつけること。と記載されている。
また、辛い漬物と読み解くと、「こしょう漬」のことを指しているかもしれない。

その下の文章を見てみる。

「漬込み原料は、大根きゅうりチソの実、ミョウガ、ナス、青いコショウ、小谷に自生する雑草で地元ではエドビヨウと言っているが、色と各野菜の風味がミックスして田舎風に漬け上がります。」

秋野菜を青こしょうとエドビヨウで漬け込む。
エドビヨウと記されているがこれはおそらくアカビユのことであると思われ、
おそらくこれは、「こしょう漬け」のことを説明していると考えられる。
ということはもしかすると、「カラ漬け=辛い漬物=こしょう漬け」ではないかとも深読みできる。

 

まとめ

いずれにしても、「こしょう漬け」をベースに研究を始め、それを村外に流通できる味として、材料の古漬けを福神漬け風に仕上げたのが現在の「小谷漬」のルーツであったと考えてまず間違えないだろう。

そして、小谷村の特産品、小谷流の漬物として「小谷漬」を商標登録したことで、山菜加工場で製造される「小谷漬」は現在まで続き、定着したのではないかと考えられる。

 


今回は、小谷村を代表するロングセラーの特産品「小谷漬」についてルーツを探った。
「小谷漬」の誕生背景を探ることで、小谷の食文化が見えてくるのではないか。
また、きちんとルーツを整理しておくことで、次の発展が期待できるかもしれない。

今回は少ない資料の中で深読みしすぎている部分はあるかもしれないが、現時点ではこれが有力候補であることは間違えない。

 

今も引き継がれる伝統の味。
「小谷漬」
ぜひ一度手にとってお召し上がりください。

 


※「小谷漬」には現在「青こしょう」は入っていませんが、「小谷漬ピリ辛味」には刻んだ青こしょうで味付けがされており、本来のこしょう漬けに近い形として製造され受け継いでいます。

 

“otariduke”

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